泥棒日記 ジャン・ジュネ

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私にとってジャンジュネは確信犯的に他者を幻惑して己の正当性を信じ込ませようとしてる言い訳野郎で泥棒日記はただ性欲や食うためや反社会的な気持ちに飲み込まれ制御できずにやりたい放題やったジャンジュネの壮大な言い訳でしかない(400ページも言い訳読んであげた私エライ)けど、ただ、ジャンジュネ自身がそれを自分で信じ切れるほどバカではなく、かと言って演じ切れるほどタフでもなく、強烈なドヤ顔で語られる壮大な世界観とは裏腹に中途半端に力尽きて論旨がブレたり破綻したりしてしまっているところは可愛い。

 

あと愛し過ぎて神話並みの描写がほとばしってしまうスティリターノがらみのシーンの美しさは素晴らしい。
「私は目に見えない綱につかまって身を支えなければならなかった。危うく鳩のように啼くところだった。(p45)」
「地球は回っていなかったーースティリターノをのせて、それは太陽の周囲でただ震えていた。(p51)」

 

どんなに美辞麗句を弄しても悪事を繰り返す理由やその崇高な聖性を説く箇所にはうさんくささがつきまとうのに、これらスティリターノへの想いを表すシーンの美しさが私をうっとりさせるのはつまりそこに嘘がないから。ジャンジュネのスティリターノへの想いは本物だからだと思う。(でも鋼鉄製のペンチまで「従順に、うっとりとなって」スティリターノのポケットに噛み付いていた(p77)というのはやり過ぎ笑)

 

終盤(p373)でジャンジュネは自分の泥棒としての自尊心を守るためにその運命を栄光とし希求すると言っていて「人はこれを負け惜しみとみなし馬鹿者どもはそれを冷笑した。人は私のことを悪しき泥棒だと言うかもしれないがそんなことは問題ではない。」と言っているので言い訳野郎というような批判は折り込み済み、自分の理論が万人に認められるとは思っていないはずだし、認めて欲しいとも思っていないと思う。

 

ただ、誰かには認めて欲しいからこれを書いたんだろうし、でも認められ過ぎちゃうと社会の底辺という彼の立ち位置が崩れ、そこから吠えるモチベーションも萎えてしまうので、その難しいバランスの中で彼自身にもどうしたらいいか分からないうちにあれよあれよと出版され著名人に評価されまくってしまったというのはやはり悲劇的であり喜劇的でもあり、やはりそういう詰めの甘いところは可愛いなと思った。