日曜美術館 大江健三郎 私とベイコン

だいぶ前に録画したものをやっと見た。大江さん関連は時間的精神的に余裕がある時に、じっくり自分の頭で考えながら触れないと、きちんと受け止められずに上っ面を滑って行ってしまうので、お盆休みにやっと観ることができた😅

 

1980年の映像。45歳の大江さんが若々しい。私はこの画家は名前しか知らないし、番組で紹介された作品達を見ても魅力がわからず、気味の悪い絵だと思ってしまうけど、大江さんの話を聞いて、なるほど彼の描いてるものにはそういう意味があるのか、創造とはそういうものなのか、と目が覚めるようだった。ベイコンの絵、大江さんの小説、そして人間が生きるということ、とどんどん大江さんの導きで、大江さんの解説で、視界が広がっていくのが素晴らしい。大江さんの話を聞いた後に絵を見ると、ほとんど別のもののように見える。

しかし自分が絵を見た時にそんな思考には到底なれないので、芸術の鑑賞とはそこまで受け取れるものなのかというのが本当に驚きというか畏敬の念に打たれた。

 

ベーコン本人の言葉もたくさん出てきたけど、その断片的な情報達と、大江さんご自身が絵から受け取ったものを合わせて、分かりやすく丁寧に解説してくれていて、そういうものを絵から読み取る、感じ取る大江さんの繊細で理知的な感受性も凄いけど、それを整理して相手に伝わるように言語化する能力が本当に本当に凄いと思った。私だったら、まぁまず感じ取れもしないんだけど、もし絵から何かを受け取っても「なんかわからないけど衝撃を受けた!」としか言えないだろうなぁ🤔

 

=以下 大江さん談=

ベイコンは苦しいものと美しいものを一緒に包み込んで描いている。

対象をそのまま描くという意味では正確ではないが、自分が描きたいことを正確に描いている、という意味で正確。

 

万延元年のフットボール。
英訳のタイトルがSilent cry。静かに叫ぶというのは現実にはできないことだけど、受け取る側にには、叫び声を聞くよりも、静かな叫び声、という言葉を聞いた時の方が幾重にも重なって届くものがあるように思う。そのように、元の事象よりも、ねじれた表現、実際とは違う姿だけど観る側に考えさせるものを作り出すということが、創造なのではないか。

 

小説も具体的な事象から書き出すけれども、それを超えて複雑な、今までそれ自体によっては想起してこなかったことを包含していくものに作り変えていくことであるので、ベイコンが、人間の体を描きながらも元の形から離れて、捻れたような判別できないようなものに作り変えて描いているのと似ている。

 

ベイコンの絵を見ていると彼が元の具象を、彼が表現したいものに沿うように、正確に表現できるように、作り替えていこうとする運動を感じる。
それが芸術家にとってはとても大事なものだと思う。自分も小説を書くときに、最初に持っていたイメージがねじれていく、そこには内部の必然性がある。

 

モネが日没を描くように、口を描けたら。(ベイコンは口に非常に興味を持っていたらしい)

 

ベイコンがベラスケスを何か異常なものと深いものを感じる、と言っていた。

 

普段友人を見ているときに、人はそこに一人の人間として、異常なもの・深いものがある存在だというふうには見てはいない。友人として、その顔や姿を正面から見ないような感じで接しているが、友人の病気など、何かの出来事が起きた拍子に、そこに普段見ない異常なもの、深いものを見て、友人を一個の人間として発見する瞬間がある。

小説や絵などの芸術とは、そういう瞬間を作り出すことである。現実において不意に訪れるそう言った瞬間を、作品の中では受け手に常にそれがそこで感じられるように、そういう手続きを作り出す。

 

ベイコンが現物よりも写真を見て作品を作ったのは、写真などで切り取られた物からの方が、そういった瞬間を受け取れたからではないか。

普段連続性の中で捉えている自分というものを、写真では一つの瞬間を捉えられて、それを見て受け手はムッとする(違和感を感じるって感じかな)
ベイコンはそのように受け手をムッとさせるようなものを描きたかったのだと思う。自分の小説でも、普段生活している安定した側面から一歩深いところに入り込んで、現実を捉え直す、人間を考え直す、ものを書いている。

 

大江さんも写真を見ながら小説を書くことはある。(写真が邪魔になることはないか?とアナウンサーの質問)自分が持っていたイメージを叩き壊すようなものがあった方がいい。ベイコンも描いているときにアクシデントが大事だと言っている。アクシデントのように予期していたものと違うもの、深いものが出てくることがある。積極的に偶然性を勝ち得る。偶然性により作品を発展はさせるけれども、深いところでは連続性を持ちたい。と言っている。

 

自分も似ている。自分が知ってるもの、予期しているものをそのまま書いてもつまらない。僕が知らないもの、僕自身が知っているものを超えたものを書きたい。そのためには、自分があるイメージを作っていく、言葉を書き変えていく、その段階でアクシデントのように自分を超えたものができてくる。そういう仕組みを作るってことが、小説を書くということ。ベイコンも自分も、それを待っている。何がやってくるかはわからないけれど、何かがやってくる。


サルトル「自分が持っているものを、持っていないものに向かって乗り越えていく。自分を未来に向かって投げ出していく、という形で小説を書いていく。もともと人間が生きるとはそういうことだ。」というのがサルトルの考え方。

 

人間は非常に脆い、壊れやすいものだ。
人類全体が壊れてもおかしくない方向に進んでいる20世紀に、こういうふうにそれを、人間の壊れやすさ、グロテスクさ、醜さを描くことができる者が居るということは、逆に人間が持ち直していける明るい要素でもあると思う。

 

ベイコンにとってもそれを描くということは辛い作業だと思うが、でも描くことが、彼の救いにもなっている。

 

見る方も、こういった気味の悪いもの、わかりにくいものを見ることによって、その暗い中に、希望を見出すということができる。それが芸術の役割でもある。

 

 

バタフライエフェクト 激動 アジアの隣人たち 台湾130年の傷痕

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あと同じくバタフライエフェクトの「宗美齢3世紀を生きたドラゴンレディー」も見た。宗美齢は長年台湾を治めた蒋介石の奥さん。二本連続で見て日本・台湾・中国の戦前〜現在がなんとなくイメージできた。理解までは行ってないが。歴史ほんとムズイ。絡まり合ってあっちの正義がこっちの正義とぶつかって勝てば官軍だし負けても人生は続くしね。若い時の理想にもえた宗美齢は輝いていたけど80過ぎても権力を握ろうと必死な姿は哀れだった…。

 

英語が苦手な蒋介石に代わって欧米トップと渡り合い気に入られ各国でもてはやされる宗美齢、蒋介石のプライド大丈夫そ?と見てたらやはり不倫し始めて、それに対して宗美齢が「愛人に会いにいく時に彼が入れ歯をするのが不満」ていやそこじゃなく😂不倫自体に不満を持ってよと思ったけどまあある程度は想定内だったのかな。キレッキレの宗美齢にしてみたら横でボーッとしてるだけの夫を内心バカにしてたところもありそう。

 

蒋介石、名前は知ってたし、歴史的には台湾の偉大な指導者みたいなイメージあったけど、この二本の番組ではあまりその有能さは感じられず。敗走に次ぐ敗走、だけど時の運と有能な妻に助けられなんとか晩年までメンツを保った、って感じだったけど言い過ぎかしら。象徴的存在という感じで、本人からそんなに才能や覇気を感じない。まあ象徴的存在になれるカリスマ性も一つの才能だからね。しかしそれも妻にどんどん追い越されていってしまうのは哀しかったね。。。

 

戦後中国が発展していき、アメリカや日本と国交を結び、ってことは台湾とは絶交ですねとなっていき、国連も脱退し、世界で孤立していく台湾。そこで国交正面突破ではなく、経済的に世界に食い込んでいこうと半導体に目をつけてtsmcを立ち上げたのは慧眼過ぎる慧眼よね。いまや世界の半導体シェアの半分以上を台湾が担い、どの国も台湾を無視できない状況。アジアの孤児と言われた台湾の躍進というか、処世術アッパレ。


この番組は国の歴史的な側面をメインに描いていたけど、そういう経済発展の方の詳細も知りたいのでNHKさんお願いします〜

 

 

 

 

バタフライエフェクト 中南米とアメリカ 因縁の60年

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今年一月のトランプのベネズエラ侵攻に繋がる過去からのアメリカと中南米の確執。キューバ革命やキューバ危機くらいはなんとなく知ってたけど、中南米全体となると漠然と「治安悪そう」くらいのイメージで、アメリカとどういう歴史を辿ってきたのか分かってなかったので大変勉強になった。

 

親米だけど独裁腐敗政権だったキューバで突然革命を成功させたカストロを「親米いけそ?」と探ってたけど結局社会主義を宣言され、あれよあれよと目と鼻の先にソ連の出張所みたいな脅威が爆誕してしまい慌てるアメリカ。今だとこういう転覆は事前にCIAが察知して潰しに行ったりするけど、当時はそういうのなかったのかしらね。なんかあっさりカストロの革命が成功しちゃうの意外だったけど、革命時点では社会主義を標榜してたわけじゃ無いからな…

 

二度とこの轍は踏まじ!!と他の中南米を親米に取り込むべく中南米の有力軍人をパナマに作ったアメリカ式教育機関(School Of Americas)で叩き上げるが、後年中南米各国へ帰った彼らはクーデター等で権力を握るケースが多くSOAは「独裁者養成機関」と揶揄されてしまう。しかもSOA卒業生でもアメリカと対立していく権力者も少なくなく、中でもパナマを牛耳ったノリエガは ニカラグアへの関与などを巡り最終的にアメリカと深刻に対立することになりアメリカに政権転覆&捕えられてしまう。おお、、、なんかつい最近見た気がするぞ、、、デジャヴ、、、

 

その後ソ連崩壊により深刻な打撃を受けたキューバを豊富な石油資源に潤うベネズエラが支え、ロシアや中国とも親交を深めるベネズエラが中南米反米勢力の親玉になっていく、、、からの今年1月のトランプ侵攻!ってわけだ。歴史は繰り返す、、、というか同じところをぐるぐる回ってる感すらある、、、

 

まあみんな自国が可愛いわけなので、他国の支援も結局は自国の利益になるという前提になるし、それが思わぬ転向で思い通りにならなくなると潰しにかかるのも仕方ないところもあるけど、中南米がいまだに自立繁栄できず混沌としているのはアメリカがずっとそうやって自分らの都合で無秩序にちょっかい出してくるからというのもあるのだろうとこの番組を見て思ったので、近年アメリカが中南米を麻薬など悪の元凶のように糾弾しているのも、ベネズエラへの侵攻も、やはりアメリカの正義!とばかりは言えないのだなと学べて良かった。

バタフライエフェクト ふたつの超大国 米中の100年

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1910年代、アメリカは将来的に自国に利するために中国に工学分野での大学設立などを支援(アメリカに留学させるための予備校的な学校をたてたり)。1930年代、その学校からアメリカに渡った銭学森はその頭脳でアメリカの航空工学分野をリードし、ロケット開発などで比類なき成果を挙げる(第二次世界大戦のマンハッタン計画にも参加)が、その後中国が共産国となり、1950年代にアメリカの赤狩りにより追放、その後中国でロケット開発をリードし、こちらもすごい進歩を実現させる(15年で人工衛星成功)。それにアメリカが驚愕。

 

ってアメリカバカすぎない??銭さんを追放した時「もう彼の知識は古いから大丈夫」とのことだけど読みが甘すぎて。。。このレベルの人は知識じゃなくて頭脳だからアメリカで彼を軟禁して情報を与えないからその時点では古いってだけで新しい情報に触れられる環境に置いたら秒でキャッチアップするでしょうよ…まあアメリカほどの最先端情報には触れられないにしても、中国というその分野未開発のところに渡したら、ゼロからの開発に最先端知識なんかなくてもできること無尽蔵でしょうよ…
まあ朝鮮戦争で中国にとられたアメリカ人捕虜と交換だったから自国民の声も無視できなかったのはあると思うけど、でも見通しが甘すぎるよね。。。

 

サイドストーリー的に若かりし習近平も出てきて政治的に成功していた父親が政権転覆で迫害された関係で習近平が10代から過酷な環境で生きてきたというのは知らなかったので興味深かった。
私の中で習近平は国民の幸福よりも自分の権力に固執しているイメージなので(任期をを延ばし続けているところとか…国のためか?私利私欲だろ?みたいな)、幼い子供を抱きながら家族と一緒ににこやかにインタビューに答えている、今からは想像できない彼の姿を見ながら、文革で辛酸を舐めた経験があるのになぜ今や民衆を圧する方に邁進してしまっているのか…とやるせ無い気持ちに…

 

彼なりに歴史を繰り返さないための民衆への配慮もあって、国を強くする、安定させる、そのためには俺が!!!ってことなのかもしれないけど、外から見るとそれも民衆の弾圧になってないかい?その思想弾圧や言論統制は民衆の幸せに寄与しているかい?って思ってしまうがしかし、それはあくまでも資本主義側の視点だからね…絶対にどちらが正しいは言えないっちゃ言えない…

 

バタフライエフェクト「イランとアメリカ、そして日本、石油をめぐる百年」

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イギリスが発掘し量産整えたイラン原油黎明期から、原油利権を軸にアメリカの介入、イラン政権の変遷、出光に始まる日本との関わりなどなど、今のイランとアメリカの対立に繋がる歴史全体が整理されていて勉強になった。

 

イランに核技術教えたのも武器を大量に売って来たのもアメリカで、それを今必死に叩いてるのは因果応報というかブーメランというか…🤔と思ってしまうが冷戦時代にイランをソ連に寄らせないためにアメリカも必死だったという側面もあり…

 

歴史って今の時点から語るといくらでも正論は言えるけど、その時その時は全員が(自分のためにではあるけど)ベストを尽くしたその積み重ねだから、机上の正論を語る前にやはり歴史を学ばないとだなぁと思った。そしてそれを学んでも正解は分からないし、ましてや未来には活かせない(ゼロではないけど、でもそれにより未来を思い通りにすることは不可能)のもまたいとをかし…

プラダを着た悪魔2

良かった!酷評も目にしてたのでちょっと心配で、配信でもいいかなとか思ったけどやはり劇場で観て良かった!出演者キレイ!服やアクセサリーもゴージャス!音楽も大迫力!!(でもガガは要る?!ってなったけどまあ大人の事情かな🤭)

 

アンディはジャーナリストになって受賞もしたけど失業。エミリーはDIORへ転職。ミランダは相変わらず君臨。

 

まあミランダの窮地を失業中のアンディに、って会長親子がすぐ乗っかるのは不自然(最後にわかるそれがナイジェルの提案だったとしても)だし、富豪女性が急にミランダ信者になるのも安易だし、アンディの記事一本ですぐ状況が好転するのも信じがたいなど、色々ツッコミどころはあるけど、まあそんなのはいいのよ。


そういう細部の雑さで台無しになる映画もたくさんあるけど、プラダ2はそういう細部を凌駕してもこちらを巻き込んで前向きに背中を押してくれるパワーに満ちていて、それが素晴らしい。


パワーは前作と同じくらいあるけど内容はちゃんと時代に沿って描かれていて、前作よりも恋愛要素が減りお仕事要素が増え、ていうかほぼお仕事要素だったよね。個人にはどうしようもない会社勤めの悲哀や、社会全体の趨勢なんかもねじ込んであり、自分も一緒に20年を経てその苦味ごと楽しめる映画だった👏

 

アンディはたしかに筆が立つし硬派な視点でいい記事を書くんだろうけど、たった一本書いて、それがちょっと会社の役に立ったからって、ドヤ顔で出勤してみんな褒めて褒めて!って会議でまで成果を主張するのは、二十年前にナイジェルに「そんなんで何を褒められたいの?ミランダがおでこにキスしてくれるとでも?」と諭されたところから全然成長してないなと思った。


記者としてのスキルとかは成長したんだろうけど、社会人としてというか、組織全体への視点とかが全然変わってない。私こんなにやった!なんで褒めてくれないの?!ってところが。もう40過ぎてるんだから、一本の記事でこのくらいの成果が出たな、でもまだここが詰められてないから次の戦略はこれだな、そのためにこの記事を書いておこう、それにはこの予算が必要、まで組み上げてから会議で言うべき。会議はあくまで今後の戦略を練る場であって成果を褒め合う場ではないので。

 

それでいてアンディは自分のそういう未熟さをぜんぜんわかってないのよね。戦略とかもない。ただ目の前の気になったことや会社の指示に沿って記事を書く、という単発ワーク。フリーのライターならそれでいいし、スキル磨いて腕一本で勝負する世界もやり甲斐あってかっこいいと思うけど、組織に属してるなら組織の益も考えないといけないけどそこはガバガバ。心が綺麗とナイジェルに言われてたけど、まあそうなのかもしれないけど甘いのよ。いろいろ。目の前の感情にすぐ流されて視野狭窄になり思い込みで突っ走るのですぐいいように利用されちゃう。社内で利用されるくらいならいいけど、今回みたいに社外に利用されてそれが社運を揺るがしちゃうまであるのが厄介。その辺無駄に情熱的なので…俯瞰!俯瞰しようぜアンディ!と思う。

 

「食うためにランウェイやるけどゆくゆくは報道に戻る」と言いつつどっぷりミランダ、っていうのも前回と全く同じで成長してない笑。もうミランダ好きなの認めて、ランウェイでずっと頑張ってほしい。組織への視点がないのでマネージャーの素質はないけど、ファッションどっぷりじゃないアンディならではの記事は(富豪女性に刺さったように)今までにない方向性での客層獲得も含めてランウェイの強みになると思うし、ミランダの最強アシスタントとして職務をまっとうしてほしい。ミランダのアシストとしては参謀的要素も欲しいところだけど、それはアンディにはほんと無理なので、そこはナイジェルに担ってもらって、アンディは二人がぶら下げる人参を大喜びで追いかける忠実なシモベとして走り続けてほしい。

 

恋愛要素はほんとに要らなかったよね〜だれあのおじさん、ぜんぜん魅力的じゃない。見た目もそうだけどキャラも全然いいとこない、というか薄過ぎてなんのためにいるのか分からんかった…世界中飛び回って一日中全力で走り回ってるアンディになんであんな一日家でゴロゴロしてるみたいな閑職ジジイなのよ、もっとバリバリやってる相手にしてほしい。前作の彼氏も彼女の成長の足を引っ張って薄暗い部屋でいじけてTV見てるかまってちゃんだったし、浮気相手も気持ち悪かったし、なんなんだよプラダほんとにアンディの彼氏だけずっとクソなのなんで…まあでもおじさんの気持ちになると、アンディが不動産よりジャーナリズムの方が上、とか言った時点で私だったら無理だけどね。ああいう時に出ちゃう言葉って本心だから、そのあとまた上手に隠して付き合われてももう信頼できない。のでまあ痛み分けかな(何が)

 

エミリーはまさかのDIOR幹部でびっくりしたけど似合ってた。パパ活とか言われてるけどべつにそれは彼女の恋愛だし、彼の金を利用してランウェイを乗っ取るというのは途中から考えたことで、最初からそのために付き合ったわけではない(と思う)のでよくない?頑張って働いて、好きな服やアクセサリーを身につけて、彼氏にも何不自由なく甘えられて、って最高じゃん。人生楽しんでて素晴らしいと思う。ただエミリーも、ミランダに関する部分では見捨てられた不幸な子供のようなトラウマを持っていて切ない。ランウェイ乗っ取り野望も、たぶん本気ではない。というか、本人的には本気なんだけど、本心の本心、本人も気づいてない深層心理では「多分自分には無理。ミランダを越えられない」と思ってる。(劇中でミランダにもそんなようなこと言われてた気がする)。でもやりたいの。私もこのくらいできるんだぞ!ミランダの鼻を明かせるんだぞ、ってのをやりたいのよ。ほんとにランウェイの実権を握って雑誌を作りたいわけじゃない、ミランダに見て欲しいのよ、自分がここまでできるってことを。「どうして私を追い出したの?!」という恨み言にもその未練というか愛が報われなかった悔しさが溢れてて、そういう意味でほんとにエミリーとアンディはミランダ大好きというか信者というか洗脳のように隷属しているよね。愛の奴隷という感じ。

 

ナイジェルは相変わらずだけど二十年前より経営に食い込んでいてミランダの完全なる右腕だった。二十年前にミランダがナイジェルの転職を潰したのは実は手放したくなかったからではとすら思った。しかしミランダ本人もその気持ちには気づいていなくて、ナイジェルへの評価すら自覚がなく、今作終盤でやっと意識した感じなのかな。ミランダはみんなの前に出るアイコン的な役割も大好きだけど、今回スピーチの原稿を直前まで必死に覚えようとしていたり、やはり心身ともに年齢的に厳しい部分も出てきてるので、ナイジェルに任せられるところは任せつつ、彼女にしかできないvisionary的な役割に軸足を移していくといいと思う。ナイジェルなら融通効くので要所要所でミランダにもアイコン的役割を楽しませてあげつつって感じで。


しかしあのナイジェルのスピーチは、自分で書いた原稿なんだし、もっと自信満々にみんなを見渡して、原稿は持たず、優雅な身振り手振りとともに堂々たる演説をかまして欲しかったなあ。ランウェイの新たな顔!くらいの押し出しで。普段からアンディやエミリーのガサツなドタバタ仕草と比べてナイジェルはいつもエレガントで優雅な身のこなしなので、その片鱗も見せずになんか原稿見ながら地味〜に話してるのは残念だったし、会場が「え?ミランダちゃうの?誰この地味なおじさん?」ってなってそうで哀しかった。

 

ミランダは、ミランダはもうただただ美しい。ほんとに美しい。前作より美しくないですか?は?なに?エミリーじゃないけどまさに「Am I having a hallucination?」て感じ。グレーのスーツが特に素敵だった〜✨76歳でこの美しさと健康は素晴らしいよね。生きる目標にしたい。5kg痩せたら同じスーツ買いたい(と言いながらもぐもぐ)。

自分でコートかけたり、ちょっと疲れを見せたり、飛行機もエコノミーで移動したり、カフェテリア利用したり、前作に比べるとだいぶ彼女としては妥協してたところもあり、寂しいとかがっかりとかいう意見も見たけど、私的には自分のポリシーやプライドを押し殺してしたたかに生き抜く姿としてポジティブに受け止めました🤭もちろんミランダにはまあコートは自分でかけてくれと思うけど、エコノミーには乗って欲しくなかったってのはわかる。夢が壊れるので笑。でも彼女くらいになれば会社からエコノミー指定されても勝手に自腹でアップグレードすればいいと思うんだけどそれもしないのは意外。新経営者との摩擦を避けたいからなのか、従順に従うミランダ、偉いぞ!

 

そしていつの間にか素敵なパートナーができていて、前作と違って等身大の自分で穏やかに付き合えているのを見て「お仕事頑張ってるミランダを支えてあげてね」と安心した(もはや親戚の目線)。引き際ってどうやって知るの?なんて前作のミランダは死んでも言わなかったセリフを二十年後には言える相手がいてよかったよほんとうに。

 

お仕事も頑張ってファッションも楽しんで人生を謳歌しよう!と思える、ミランダの「I just … love my job (ニッコリ)」が観られただけでも価値のある映画だった✨

Tシャツが乾くまで 第2話のラストシーンすげえ

同じ事故でお互いに伴侶を失った男女が、家が近いこともあり、日常生活で助け合ったり、失った相手のことを話したりしている、事故からまだ間もない日々という状況。このドラマのことを何も知らずに見てまだ二話なのでこれからどういう話になるのか分からないし、そもそも今後も見るか分からないし、厳密には1人はまだ生死がわからないんだけど、まあそんなことはどうでもよくて、ただ第2話のラストシーンがすごかったので感想。

 

大事な人を失うというのは本当に辛いことだ。私は親を亡くしたことしかないが、父を亡くした時に母が「夫が亡くなるというのは本当に悲しい。想像を超えた衝撃を受ける。それは親を亡くしたときの比ではない」と言っていた。その母を急な病で去年突然失った衝撃も私を未だに捉えて離さないが、それ以上というパートナーの喪失は私には想像することしかできない。

 

人間には五感がある。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。この中で一番本能に届いて記憶を呼び覚ますものは嗅覚では無いかと思う。視覚や聴覚は受容データを脳が処理した後に受け取っている感覚があり、触覚や味覚は肉体との接触ありきなのでまずその場での身体の反応が優先される感じ。だけど嗅覚は目で見ても分からず(もちろんわかるものもあるが)不意に来て、脳が受け取る前にそのまま私の芯に届き様々な感情や記憶を呼び覚ます。気がする。

 

夫を失った咲子は、妻を亡くした樹生から不意に「夫と同じ匂い」を受け取る。同じタバコを吸う同年代の男性の服から香る匂いだ。一度目はあれ?とやり過ごし、あとで夫の残したタバコ自体を嗅いでみたり、自分で吸ってみたりするがしっくりこず、次に樹生に会った時にまた「夫と同じ匂い」を受け取り、動けなくなる。

 

じわり、と樹生と距離を縮め、目を閉じて、息を吸う咲子。夫と同じ匂いだと釈明して、動けない。痛いほど気持ちがわかり同じく動けない樹生。ややあって樹生が咲子のシャンプーが妻と同じだと困ったような笑いと共に告白し、咲子から詰め替えをもらうことになり、ふふふと笑い合う2人。

 

それでも動けず、震える声で「ちょっ………と待ってくださいね…もうちょっとしたら…詰め替え取ってくるんで…」樹生が辛い表情になり、咲子の肩に手を置こうとした瞬間に咲子の携帯が鳴る。

 

事故があってから今日まで、様々な手続きや生活の雑事に追われて気を散らしながらやってきてはいるが、大事な相手を亡くした2人の精神へのダメージは甚大で、崩壊寸前で踏みとどまっているような状態。そこに届いた「大事な相手の匂い」とそれに反応してぶわっと湧き上がる様々な感情や記憶…

 

それに正面から向き合う恐怖を本能的に感じ、それをどうにか回避しようと、無理に笑いを交えながら途切れ途切れに会話する2人の緊迫感。パートナーの不在を直視しないようになんとかやり過ごしていた表層意識が、嗅覚に刺激された本能に打ち砕かれそうになるのを必死に耐えている。

 

暴走した本能に流されたら何をするかわからない。自分がどうなるか分からない。一時的な気の迷いで目の前の人と抱き合ったりしてそれで幸せになれるならいいけど、そうは絶対なれないことも本能は分かっている。じゃあどうしろっていうの?!と脳がフリーズしている。自分が普段そこまで意識せずに生きている自分の根源的な部分への未知の恐怖のようなものがきっとある。目の前にいる相手とかほんとどうでもいいし、会話も上の空だと思う。ただこの匂い。大事な人の記憶。その人はいないけど匂いは今感じられている。どうかこの瞬間をこのまま…

 

いやぁほんとすごいシーンだった…
間の取り方、呼吸、表情…2人の演技も素晴らしかった。知ってるようで知らない自分という生き物が不確定要素しかない今を生きていかねばならないということの怖さが詰まっていた。くわばらくわばら。