李箱「翼」

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最近頭の中を「いまぁ~わたしのぉ~ねがぁい~ごとがぁ~かな~う~な~らば~♪」って流れてくるのなんだろな?って思ってたらあれですね、翼をください、ですね。そしてなぜだろな?って考えたらあれですね、先週読んだ「翼」。

 

李箱「翼」。李箱と書いてイ・サン。しかし読み方に馴染みが無さ過ぎて私の脳内ではいまだに「リハコ」と呼ばれています。なんかかわいい。しかし本人は私にとっては可愛くない(外見は知らない)のであまり近寄りたくないタイプ。

 

ヒモ男と水商売女子の日常を描く私小説風数編、詩作、童話(のカバー)、山村滞在記、東京滞在記、と様々な短編掌編が詰まったこの本は、美しいなとか難解だなとかムカつくわとかええ加減にせえよとかいろんな味がして飽きはしませんでしたが、では面白かったかと言われるとよくわからず、読み終えて「ん?一体何だったんだろ?」とパラパラ見返しちゃう感じで掴みどころが無かった一冊。

 

詩は数字の羅列や象徴的なワードを繰り返すような前衛的な感じで、当時彼を評価していた文学仲間の後押しで新聞に連載されたものの、世間から「頭おかしいやつの文章読ませんな」とクレーム多発で中止になったそう。


わたしはでも美辞麗句で流暢に語られながらそこはかとない腐敗臭が漂ってくるクズヒモ小説群よりも、何言ってるか分からないけど媚びも無く振り切ってサッと差し出されたような詩の方が好きでした。余計なものを全て削ぎ落した潔さ。

 

ヒモ小説群は、なんせ私にヒモに対する理解も耐性も共感もないもんで、ただただ理解不能で苛立たしい。同居する女性が春を鬻いで稼いだお金を彼の枕元に貯めてくれているのを「彼女はなんでお金があるのかな?」と空っとぼけた上、突然そのお金を全部トイレに捨てちゃってからの「僕お金無くて悲しい…お金欲しいよぅ(´・ω・`)」とかほんとまじで直球で「じゃあ捨てなかったら良かったよね?!?!」としか思えん。

 

しかし不意に物凄く美しい一節が現れたりして、そういうところでは突然閃く才能という感じで、「山村余情」はそういう意味でとても美しく、好きな1篇でした。


山村余情
枕元に置いた水をー深海のように落ち着き払った水を飲みます。石英質の鉱石の匂いがして、肺腑に寒暖計を差し入れたように道ができるのを感じます。その冷ややかな曲線は、白紙の上に描こうとしたら描けるのかもしれません。

 

美しいのぅ・・・と読み進んでいくとしかし急に「真っ赤なトンボが病原菌のように活動しています」とか、秋の野を流れる川を「地上の怨恨が溶けて流れる静脈」とか、わたしのノートには「目線が優しくない宮沢賢治」と書かれてる笑

 

滞在記や日記で特に見られるこの透明感と突き抜けたような不吉に明るい文体は宮沢賢治に似て、李箱自身の人生においても作品においても女をとっかえひっかえ寄生して死のうよと誘い実は死ぬ気は無いと言うスタンスは太宰風、そして寄生しつつも抜け出せずお互いに何がしたいのかよくわからなくなってくる蟻地獄のようなクズヒモ小説群は砂の女を彷彿とさせるなと思ったりしました。

 

李箱は1910年、日韓併合直後のソウルに生まれ、家父長制的跡継ぎとして叔父の養子に、そして役人になり、叔父死亡後に役人を辞め作家業に専念、よう分からん女性遍歴を経て結婚した4か月後に奥さんを置いて東京に渡り、神田のおでん屋で飲んでいたところを職質から拘束され体調悪化(結核)で死亡。享年27歳。

 

一読してその魅力がわからず、韓国では今も李箱賞という日本でいう芥川賞のような国民的文学賞としてその名が残っていると聞いても「これが・・・なぜそんなに・・・?」という感想でしたが、解説を読み(訳者:斎藤真理子さんの前書き、解説、後書きがほんと素晴らしかった)、日韓併合下で日本語と韓国語で作品を発表し、その文体を作り上げて行った功績や、その時代の閉塞感の流れに逆らって自由奔放に表現し続けたその意気が今も韓国の人々を魅了しているのだろうと理解しました。

 

たしかに、彼の作品は、悲惨な話でも悲愴感はなく、謎の明るさが通底している気がして、大真面目に見せつつちょっと茶化しているような雰囲気もあり、彼自身の短い人生において、政治的にも、家族との関係においても、限られた自由しか無かった中で貫かれたこの不思議に明るく前向きな精神が、後世の人々を今も勇気づけているというのは納得です。

 

ところで冒頭の翼をくださいですが、今回久々にどんな歌だっけとしばらく頭の中で歌ってみたところ(子供時代の歌ってなぜこんなに覚えてるんでしょうね)翼をもらって飛んで行った先の空が悲しみのない自由な世界という確証はないので、翼じゃなくて「悲しみのない自由な世界になりますように」って願った方が早くない?と思いました。現場からは以上です!ご清聴ありがとうございました!