パチンコ(上)(下) ミン・ジン・リー

『日本に併合された朝鮮半島、釜山沖の影島。下宿屋を営む夫婦の娘として生まれたキム・ソンジャが出会ったのは、日本との貿易を生業とするハンスという男だった。見知らぬ都会の匂いのするハンスと恋に落ち、やがて身ごもったソンジャは、ハンスには日本に妻子がいいることを知らされる。許されぬ妊娠を恥じ、苦悩するソンジャに手を差し伸べたのは若き牧師イサク。彼はソンジャの子を自分の子として育てると誓い、ソンジャとともに兄が住む大阪の鶴橋に渡ることになった……1910年の朝鮮半島で幕を開け、大阪へ、そして横浜へ――。』

 

1910年~1989年までの韓国人一家4世代を描く上下巻で計700ページ越えの大長編。150ページで日本に渡るので舞台はほぼ日本。日本と韓国そして在日韓国人の歴史、日本での差別などについて自分の無知を思い知らされ、驚きと申し訳なさとやりきれなさを感じながら、祖国とは、差別とは、戦争とは、宗教とはと俯瞰的な視点でいろいろ考えさせられつつ、少女の波乱万丈な人生にも引き込まれ一緒に4世代生きているように没入し一気読みだった。むちゃくちゃ面白い。2020年No.1かもしれない。

女の一生はひたすら辛抱のみで苦労に終わりはない。耐えよ。生きよ。という母からの教えを胸にひたすら前を向き生き抜いていくソンジャがとにかくすごい。当時の男尊女卑的なアレもあり表面上は寡黙で控えめだが逆境にめっぽう強く、常に毅然として知恵を総動員し自分の目で見て考え、躊躇せず動く。
同じ一生でも国を移り戦争を経て本当に生死の際を生き抜いてきたこの時代の人々と、今の自分の終始ぬるま湯のような一生との密度の差みたいなものは、頭では知っていたけどやはりこういうリアルな生活史として実体験のように読むと本当に?とちょっと信じられない思いがした。この時代の人たちに比べると私たちは遥かに安全で楽な世界に生きていて、使わない機能は退化していくものだから危機を生き抜く力は確実に貧弱になっているだろうと思うので、今このコロナ危機はそういう意味でも私たちの危機を乗り越える力、生き抜く力が試されているのだろうなと改めて思ったりした。

そしてその尊敬するソンジャが少女時代にコ・ハンスと初恋に落ちる様は本当に可憐で、著者がまた海辺の風景や森の情景を鮮やかに描いて盛り上げるからもう毎日身を粉にして働くソンジャに訪れた幸福な日々によかったね…よかったね…と思いつつでもハンス…こいつは絶対何かあるやつ…幸せになれないやつ…とじりじり切ない…。ハンスは日本の闇勢力と太いパイプがあり確かに真っ当ではないんだけど、でもソンジャへの愛は深く男気もあり、私はハンス推しなので、日本で再会した後に極貧にあえぐソンジャ一家をどんなに支えても助けても全く相手にしてもらえず邪険にされてしまうのがずっと悲しかった…出会った頃のパリっとした白いスーツと帽子の俳優のようなハンスも、戦時中走り回る男盛りのハンスも、老年期の渋いハンスも、全部かっこいい。ソンジャの家族の葬儀に来たのに緊急と呼び出された愛人の用が下らな過ぎて激ギレして愛人をボコボコにするシーンもワンスアポンアタイムインハリウッドのラストみたいな感じでやったれやったれと爽快だったし。ハンス…好き…♡

一方ハンスと別れた身重のソンジャの救世主として現れるイサクもこんなきれいな男は見たことがないと女性たちが見とれるほどの美男子でしかも神父志願者の人格者。全ての危機を自分の身に引き受けて考え、常に相手に寄り添い、どんな相手をも責めずに「許す」。この人の言動は本当に驚かされることばかりで何度も本を置いて宙を見つめ「すげえ…」と言いました。ちょっと凄すぎて私はえーうさんくさい…とか思ってしまうので惚れないんだけど、でもこんな人格者…本当に人間に可能なんだろうか。。。もう感情死んでますやんとか思っちゃうんだけど、でも違うんだろうなぁ。やっぱり神目線というか人間愛という感じで人間同士のイザコザとかはレベルが低すぎて感情を持っていかれないのよねきっと。ちなみに同じ宗教に入っているはずのイサクの兄はまあいいやつなんだけど割と短慮で嫁やソンジャに激怒してくることも多々あったのでおい兄貴…ちょっとは弟を見習えや…と思った。
どこやらでドラマ化だか映画化だかされるらしいので、ハンスとイサクのビジュアルはかなり気になるし、ハンス推しとイサク推しは分かれるところだと思うので本読んだ方いたらぜひ語り合いましょう。

 


著者は韓国人女性で夫は韓国と日本のハーフ、そしてアメリカ在住。この本3年前にアメリカで大ベストセラーになったらしく、アメリカ人には移民の末裔としてこの話が響いたのだろうとのことだけど、著者も言うようにこの本は決して韓国スゴイ!日本ヒドイ!という書き方ではなく普遍的な移民問題として客観的に描かれているし、国籍ではなく生まれでもなく個人の資質が一番大事なのだと伝わってくるところも素晴らしい。「啓発的でしかも面白いと思って欲しい」(著者談)ってまさにその通りで、色々考えさせられるんだけどそれだけじゃなく、単純に読んでてめくるページを止められない面白さがやっぱりこの本の一番すごいところだった。あとソンジャの作るキムチが美味しそう過ぎて急にキムチ買って来てムシャムシャ食べたので、読む前にキムチ買っておくことをオススメします。

 

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