「愛の旋律」 「未完の肖像」 アガサ・クリスティー

先日読んで面白かった「春にして君を離れ」に続き、アガサ・クリスティーがメアリ・ウェストマコット名義で書いたミステリじゃないシリーズの2作。

「愛の旋律」
幼いころから異様な音楽嫌いだったヴァーノンは二十歳のある日、たまたまオーケストラを聴きに行ったことからその天才的な音楽家としての才能に目覚めるが、その才能を開花させる間際で戦争に巻き込まれてしまう。幼馴染の才気煥発な少年セバスチャンや男勝りの従妹ジョー、ヴァーノンが一目惚れする美しいネル、ヴァーノンの才能を見抜き献身的にサポートするオペラ歌手ジェーンなどなど、魅力的な登場人物が古き良き(ってよく知らないけど(笑))イギリスを舞台に繰り広げる一大叙事詩

めまぐるしく派手な展開で飽きさせませんが、正直私がアガサ・クリスティー(というかメアリ・ウェストマコット)に求めるのは、外側の事件どうこうよりも登場人物の内面に焦点をあてた、深い井戸の底を覗き込むような心理劇なので、そういう意味ではまあちょっと不満でした。
しかし天啓を受けたように音楽に目覚め、新しい音楽を創造しようとするヴァーノンについて、彼が幼いころから音楽を異様に嫌い、遠ざけていたのは、彼にとって今存在している音楽が、私たちが原始的な民族の音楽を聴いて感じるような、堪えがたい不協和音だからなのではないか、というのはスゴイですね。才能の桁外れ感がよく分かる。今ある枠の中で何かを作り、みんなが知っている基準によって評価されるのではなく、それらを全て歯牙にもかけず「なんなのこれ気持ち悪い」ってな感じでひらりと飛び越え、その先で新しいものを創造する、これが天才ってものなのでしょうねーと納得。
でも小説内でその才能の開花をいまいち実感できないのが心残りです。ここまで彼の才能を持ち上げたのなら、もっとこう鳥肌が立つようなカタルシス的大成功!!を観たかった。どうせなら。

「未完の肖像」
両親に愛され幸福な少女時代を過ごしたシーリアはやがて美しく成長し、あまたの結婚申込みを蹴って一風変わった貧乏な青年ダーモットと結婚。やがて一児をもうけ、幸せな生活が続くかに見えたが…
という、ある一人の女性の一生を描いた物語。母親との関係や、結婚、離婚などなど小説としてはとりわけ波乱万丈というわけではない筋書きですが、実はこれ、アガサ・クリスティーの人生が色濃く投影されているらしいです。シーリアが最愛の母を亡くし心身共に疲弊しているところに夫ダーモットのひどい仕打ちが発覚し、絶望の淵に追いつめられるというくだりがあるのですが、実際クリスティーも同じ目に遭い、その直後に有名な「失踪事件」を起こしたのだそう。突然姿を消し、11日後に記憶を失って発見されたクリスティーはしかし最後までその事件については何も語らず、面白がって(?!)周囲の人が憶測で諸説述べているようですが、みんなまずはこの小説読もうよ!って思いました。弱り目に祟り目というか、泣きっ面に蜂というか、ほんともうこんな目に遭ったら失踪でもなんでもしたくなるでしょ!っていう。しかし読み終わって何よりもダーモットへの嫌悪感がすごい(笑)。ほんとムカツクわーこの男。仕打ちそれ自体よりも、その態度、考え方、言い草が全て癇に障る。いやでもほんと、こういう男居ますよねー。約80年も前に書かれた小説なのに「クリスティーさん!すげー分かります!ほんとあいつらサイテーっすよね!(←熱血後輩風)」と一晩語り明かしたいくらいの親近感を作者に覚えました(笑)。

今のところ「春にして君を離れ」がベスト1ですが、このシリーズあと3作あるので引き続き楽しみです~♪